まほろば唐松・中世の館 唐松城

平安末期、陸奥の郡之司であった阿部貞任の弟、境講師官照がここに館を築き一帯を支配していたが前九年の役で源頼義・義家の攻撃にあい落城したと伝えられる。

また中世末期この地は、安東・戸沢・小野寺の勢力があい拮抗し、覇を競うことになるが淀川をはさんで秋田寄りの地帯は安東氏の勢力下にあったと推測されるため唐松城もある時機に於ては安東氏の最前線基地であったと考えられる。

そして1587年には、各勢力がこの地で激突し、世に言う「唐松野合戦」がおこった。

秋田県大仙市協和境にあった平山城(ひらやまじろ)。
雄物川の支流の淀川右岸の段丘の上に築かれていた。

築城時期、築城主はともに不明。

ただし、大兵力が駐屯できるほどの城の規模はなく、監視や物見(偵察)の役割を持った砦だったのではないかともいわれている。
現在、城跡には郭や虎口、堀切、畝堀の跡が残っており。

淀川に沿って馬房柵が設けられている。

淀川に架かる橋を渡り場内に入る。
「まほろば唐松・中世の館」は城山の東麓に建設された観光スポットで、中世の居館をイメージした建物だが、唐松城を復元したものではない。

秋田県内で初めての本格的能楽殿。
京都西本願寺を模して作られ能楽の資料も多数展示されている。

年2回の「蒔能公演」「定期能公演」では県内外を問わずたくさんの観覧客が訪れ、周りの公園は町民の憩いの場として親しまれている。

唐松岳の主郭をめざし登頂を開始。

登り口の冠木門。

途中の曲に展望台が設けられているがあいにくの雨で視界はあまり利かない。
本日も 手に持たずにさせる折りたたみ傘 肩ブレラが大活躍です。

下を流れる淀川、かなり急峻な地形だ。

広場には戦いの様子を描いたレリーフもある。

唐松神社の境内の元宮が祀られている場所が、唐松城の主郭のあった場所である。

1587年(天正15)に湊城(秋田市)の安東愛季(あんどうちかすえ)と角館城(仙北市)を本拠とする戸沢盛安の間に起こった唐松野合戦では、安東方の前進拠点として用いられたことがわかっている。

このことから、檜山安東氏が仙北地方へ進出するために築いた拠点ではないかとも考えられている。

淀川からは急峻な崖になっている。

帰途、仙台の七夕間で七夕飾りを見学。
きれいな飾り、みな和紙でできているんだね。

仙台七夕まつりは例年7月7日の月遅れである8月7日を中日として、8月6日から8日の3日間にわたって行われる。

大規模な飾り付けがされるのは一番町や中央通りなどのアーケード街、仙台駅周辺などであるが、それ以外の商店街組織ごとの飾り付けや店舗や家庭など個別の飾り付けなど市内各地至るところに小から大まで合計3000本と言われる飾り付けがなされ、街中が七夕一色になる。

東北三大祭りの1つに数えられ、例年200万人以上の人が訪れる。

伊丹に着いたのはちょうど夕闇が迫る頃であった。

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唐松城へのアクセス、行き方歩き方

住所:〒019-2411 秋田県大仙市協和境唐松岳44-2
電話:0188-92-3500

JR「羽後境」駅より徒歩15分